高町なのはは、その日もいつもどおり、クラスメイトたちと下校を共にしていた。私立聖祥大付属高校に通う、ごく普通の高校1年生。フェイト・ハラオウン、アリサ・バニングス、月村すずかの3人は、小学校のときからずっと同じ学校に通っている。
3人と別れ、家に帰ってほど無くして、なのはは学校に宿題のテキストを置き忘れてきたことに気づいた。
すでに夕暮れを迎え、もうすぐ陽が完全に落ちる。それでもなのはは、学校に行くと家族に言い残し、人の気配が無くなった校舎へと向かった。教室でテキストを手にし、すぐに帰ろうとしたとき。
ふと窓から見遣った薄暗がりの校庭に、なのはは2つの人影を見つけた。
ひとつは男性。身長ほどもある大槌を構えた、屈強な男だ。そしてもうひとりは、背中に漆黒の羽根を生やした銀髪の女性。手には、羽根を象った扇状の武器を持っているが、男の大槌に比べるとやけに頼り無く見えた。
なのはは不思議なほど恐怖を感じること無く、それが現実であることを確かめるため校庭へと下りて行った。
彼女が校庭に出ると同時、男の大槌が銀髪の女に向けて振り下ろされた。女は銀色の鉄扇でそれを易々と払い、男の脇腹を衝こうとする。しかし、男はその巨躯からは想像できぬほど素早く動き、女の一撃をかわした。
この間、わずか1秒。およそ人とは考えられぬ戦いだ。
その光景に呆気にとられたなのはは、無防備にも、2人の視界に入る場所で立ち尽くしてしまった。
『邪魔者? この結界に、人が入って来るとはな』
なのはを見つけた男は、女の攻撃を警戒しながら呟いた。その直後、薙ぐように放たれた女の攻撃を、男は大槌で受け止める。
『戦いの最中に、どこを見ている?』
『あの人間に気づいていないのか? 結界に入って来られたということは、この戦いに選ばれた魔術師だ。サーヴァントを連れているか、あるいは、まだマスターとして契約していないか。いずれにせよ、魔術師はツブしておくにかぎる。そうは思わないか、リインフォースよ?』
『我が主は、そのようなことを望んではいない。戦いを望まない者を、徒に巻き込む必要は無い』
リインフォースと呼ばれた女は、男の提案をあっさりと拒否した。そして、表情を変えぬまま、男にこう告げる。
『それより、グラーフアイゼン。そんな余裕を見せていてもいいのか?』
『ほう?』
リインフォースはいったんグラーフアイゼンとの間合いを取り、再び鋭く切り込んだ。グラーフアイゼンはそれをかわすや、流れるように大槌を打ち込む。
2人の戦いは、なおも激しく続いた。
逃げることさえ忘れたなのはは、じっと戦いを見つめ続けていた。しかし、グラーフアイゼンの放った一撃が大気を切り裂き、なのはに襲いかかる。気づいたとき、なのはにはもう、逃げる余裕など無かった。
絶体絶命。そこからなのはを救ったのは、リインフォースだった。グラーフアイゼンとの勝負を投げ出した彼女は、なのはを抱え、ひたすら防戦に徹する。苛立つグラーフアイゼンの攻撃は、むなしく空を切り続けた。
やがて、この無意味な戦いに飽いたグラーフアイゼンは、リインフォースに勝負を預け、結界の外へと姿を消した。
まるで状況を理解できぬなのはだったが、そんな彼女の前に、ひとりの少女が現れた。
「だ、大丈夫か?」
少女は息を咳き切らせながら、校舎のほうから懸命に走ってきた。なのはと同じ付属高校の制服を着た少女は、かなり慌てた様子を見せている。
「ホンマ、びっくりしたわ。いきなり結界の中に入ってきて、デバイスの戦いに割り込むなんて、いくらなんでも無茶が過ぎるわ」
「え? 結界? デバイス?」
なのはは、まるで理解できない言葉に、目をぱちくりとさせた。
「自分、何も知らんとここに入ってきたん? 魔術師ちゃうのん?」
「え、魔術師って……。わたし、普通の高校生だよ」
「ホンマかいな」
戸惑うなのはに、少女は驚きを隠さなかった。そして、少女はうむを言わさず、いきなりなのはの右手を掴む。
「え? え?」
「まあ、ええから、じっとしとき」
「う、うん……」
なんだか、この場で逆らってはいけないような気がして、なのはは少女の言葉に従った。
少女がなのはの手を握ったのは、ほんの数秒間。手を放した少女は、やはり、驚きの眼差しでなのはを見つめていた。
(まだ魔術回路(リンカーコア)が完全に形成されてないのに、平気で結界を破ってきたんか。なんちゅう素質やねん)
そして少女は、今度は笑顔で、なのはの右手を再びしっかりと握った。
「あたしは、八神はやて。1年や。あんたは?」
「わ、わたしは、高町なのは。1年だよ」
いきなりのことに、なのはは戸惑いながら応える。
「なのはちゃんって……。もしかして、すずかちゃんの友達? あたし、月村すずかちゃんと同じクラスやねん」
「えっと、そうだけど……」
「そうか〜。すずかちゃんから、よう話は聞いとるわ。あんたが高町なのはちゃんか。これからも、よろしゅうな」
「う、うん……」
なのはは困りながらも、共通の友人が居ることがわかり、少しホッとしたように笑顔を見せた。
「あ、それと、紹介が遅れたけど、この子はリインフォースや」
『はじめまして、高町なのは』
リインフォースは、なのはに向かって穏やかに会釈した。
「あ、どうも」
「そういうわけで……や。まあ、なのはちゃんにも、いろいろと訊きたいことはあるやろ?」
「うん……。何が起こったのか、まだよくわかってないんだけど」
「でも、今ここで説明しても、たぶんほとんど理解できんやろ。このまま忘れてってくれたらそれでもええけど、もしどうしても訊きたいことがあったら、あたしのウチに来たらええ。そのときは、ちゃんと説明するから。家は、すずかちゃんが知ってるから、訊いてもらったらええよ」
「うん」
なのはは半信半疑ではあったが、こくりと頷いた。
「じゃあ、ま、そういうことや。行くで、リインフォース」
『はい。マイスター・はやて』
リインフォースははやてに応えると、突然、その姿をペンダントへと変える。はやてはそれを首に下げ、「またな」と言い残して、なのはの前から姿を消した。
なのはは、わけもわからず、はやての背中を見送ることしかできなかった。
- 2007/01/28(日) 00:04:27|
- 第1章
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